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【リー将軍】アメリカ史上最高の名将。その人生とは?

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リー将軍とは

本名は「ロバート・エドワード・リー」で、南北戦争で活躍したアメリカの軍人。商業的に発展を始めた北部と、大農園による農業を中心とする南部で、アメリカは二分することになる。さらに奴隷制度の廃止によってアメリカは完全に二分した。こうして開戦したのが南北戦争である。北部の大統領リンカーンは、物資や経済力、兵力でも北部が圧倒的に有利だったので、短期で終結すると思っていましたが、そう容易くはなかった。それはリー将軍の活躍である。近代的な大量殺戮兵器を駆使する北部に対して、リー将軍は奇襲や大胆な作戦を行うことで大軍である北部に勝星を重ねた。しかし、戦いが長引くと、物資や経済力で勝る北部が有利となり、リー将軍は降伏した。

 

南北戦争前の経歴

 

1807年にアメリカ独立戦争の英雄ヘンリー・リーの息子として生まれた。アメリカ建国の父の一人に数えられる偉大な父から才能を受け継いだリーは合衆国士官学校を優秀な成績で卒業して、軍人としてのキャリアをスタートさせた。少尉、中尉、大尉を順調に出世したリーは、1846年に開戦した米墨戦争で武勲をを立てて、母校である軍事学校の校長を務めた。南北戦争直前には大佐の地位にまで出世することになる。

 

南軍についた理由

 

リー将軍は決して奴隷制度に賛成するような人物ではなかった。なんでも白人の道徳心が乱れることが理由だったそうだ。また開戦前には「南部にいる奴隷すべてを私の所有にできればいいのに。そうすれば戦争を避けるために、彼らを全て自由人として解放してやるんだが」と述べていた。それにリンカーンはリー将軍に北部の司令官就任を要求していた。それなのにどうして奴隷制度を肯定する南部側についたのか?

それは故郷であるヴァージニアが南部についたからである。要は郷土愛なのだ。

 

南北戦争

 

戦争は北部側が圧倒的に有利だと言われていた。兵力、武器、物資、経済力、全てが北部に有利だったからだ。北部の代表であるリンカーンも短期で終結すると予想していたが、ヴァージニア州の司令官となったリーの活躍で、思わぬ苦戦を強いられることになる。大胆な作戦や奇襲によって、戦力差を縮めるリーの活躍で南部は北部と互角の戦いを演じた。リー自身も南北戦争の活躍で南部の降伏直前には南部陸軍総司令官に任命された。

 

北部側は新たにユリシーズ・グラントが総司令官となると、北部は物資が優位であり十分に活用する戦略を取るようになり、リーは防戦一方になっていく。最大の激戦となる「ゲティスバーグの戦い」で南部は大敗北をすることになる。この間に北部のグラント将軍が南部の深くまで侵攻したことで、南部の敗北は決定的なものとなった。

 

南部戦争の影響

 

この戦争はアメリカは用いる国力による総力戦となり、北と南を合わせて60万人近くの戦死者が出た。第二次世界大戦でのアメリカの戦死者が30万人程度だったと考えると、想像を絶する激しい内戦だったことがわかる。

 

リンカーン大統領は戦争の終結後に奴隷解放を宣言するが、実際のところ黒人の奴隷の待遇が変わったわけではなかった。結局、自由になったからと言って仕事があるわけではなく、元に戻ったようだ。

 

戦争終結後のリー将軍

 

恩赦されたリーはヴァージニア州のワシントン大学学長に就任したそうです。戦争で荒廃した南部の復興のために、人材育成に力を入れた。1870年にリー将軍は亡くなり、ジョージア州では巨大なレリーフが建設された。

 

人物象

 

紳士として大変有名だったようだ。穏やかで人当たりのいい人物だったとされ、白人の道徳心が汚れることから奴隷制度にも反対だった。北部の人間からも人望があったので、戦後はすぐに許されて、大学の校長になり、各地のリーの記念碑や、名前を冠した施設がある。