
赤ん坊はカゴに入れられ、川に流された。
母親は神殿に仕える女性祭司だった。子を産んではいけない身分だった。生まれた赤ん坊を川に流すしかなかった。カゴはユーフラテス川を流れ、下流で庭師に拾われた。
その赤ん坊が後に「世界の王」となり、人類史上初の帝国を築く。
今回はサルゴンの生涯を簡単に解説していこうと思う。
「サルゴン」という名はヘブライ語での読み方で、アッカド語では「シャル・キン(真の王)」という意味だ。生まれながらの王ではなく、自ら掴み取った王だからこそ、こう名乗ったのかもしれない。
時代背景——都市国家が乱立した世界
紀元前24世紀のメソポタミアは、シュメール人の都市国家が乱立する世界だった。
ウル、ウルク、ラガシュ、ウンマ……それぞれの都市が神殿を中心に独立して栄えていた。互いに争い、盟主を決めようとしながらも、誰も「全部まとめて支配する」という発想を持っていなかった。
それぞれの都市の神官や王が、自分の縄張りを守ることで精一杯だった時代だ。
その常識を壊した男が、川で拾われた捨て子だった。
捨て子から王の近侍へ
サルゴンの出生については伝説しか残っていない。
母は神殿の女性祭司で、子を産んではいけない身だった。生まれた赤ん坊をカゴに入れ、アスファルトで隙間を塞いでユーフラテス川に流した。カゴは川を流れ、庭師アッキに拾われた。サルゴンは庭師の子として育てられた。
この話、聞き覚えがある人も多いはずだ。モーセが川に流された話、ロムルスとレムスの捨て子伝説、キュロス2世の生い立ちの伝説——どれもこのサルゴンの話が「捨て子伝説の元祖」とされている。英雄には川に流される話がつきものだが、その最初がサルゴンだ。
庭師の子として育ったサルゴンは、やがてキシュという都市国家の王ウルザババに仕え、酒杯係(杯持ち)という側近の役職に就いた。王のそばで働く重要なポジションだ。
ここからサルゴンはどうやって権力を掴んだのか、詳しい記録は残っていない。ただ結果として、サルゴンはウルザババを倒して王位を奪い、アッカドという都市に新しい王国を建てた。
人類初の帝国へ
王になったサルゴンは止まらなかった。
当時シュメール最大の勢力を誇っていたウルク王ルガルザゲシを打ち破り捕虜とした。さらにシュメールの都市国家を次々と征服していった。ウル、エニンマル、ラガシュ、ウンマ——シュメールの主要都市がすべてサルゴンの支配下に入った。
これだけで十分すぎる話だが、サルゴンはここで止まらなかった。
東のエラム(現在のイラン西部)に進軍して4人のエラム王を打倒した。北のアッシリア地方のシュバルトゥ王国も撃破した。西のシリアのマリ、エブラ、アナトリア半島南東部の銀の山(タウルス山脈)、レバノン杉の森(アマヌス山脈)まで遠征した。
「上の海(地中海)から下の海(ペルシャ湾)まで征服した」とサルゴンの碑文は記している。
ここにおいて、複数の異なる民族・言語・文化を持つ地域を一人の王が支配する「帝国」が人類史上初めて誕生した。
世界初の動物園と共通語
サルゴンの治世には、興味深い「世界初」がいくつかある。
一つは動物園だ。粘土板の記録によれば、サルゴンは世界で初めて動物園を作ったとされている。インダス川の水牛まで収集していたという。すべての人間を支配した次は、すべての生き物を支配したいという欲求が生まれたのかもしれない。アッシリアの大図書館、ナポレオンのルーブル美術館——後の征服者たちが文物を収集するのと同じ発想の最初がサルゴンだという見方もある。
もう一つはアッカド語だ。シュメール語を話すシュメール人とアッカド語を話すアッカド人という、異なる言語の民族を統一したため、アッカド語が人類最初の「共通語(リンガ・フランカ)」になった。帝国には共通語が必要だ。この発想もサルゴンが最初だった。
さらに娘のエンヘドゥアンナをウルの月神ナンナの神官に任命した。娘を神官として各地の神殿に配置することで、軍事支配だけでなく宗教的権威も掌握する手法だ。エンヘドゥアンナは賛歌などの文学作品を残しており、名前が確認できる「人類最古の作家」とされている。
治世の末期と死
56年間にわたる長い治世の末期、サルゴンの帝国は各地で反乱に悩まされた。
これだけ広大な領土を持てば当然だ。征服された側の不満は積もり積もっていく。サルゴンは反乱を鎮圧し続けながら晩年を過ごした。
粘土板に残された伝説では「老いたサルゴンが敵に包囲され、宮殿の中で飢えに苦しんだ」という記述もある。史実かどうかは不明だが、帝国の壮大さの裏で晩年が苦しかったという話は、なんとなく説得力がある。
サルゴンの死後、息子リムシュが王位を継いだが、すぐに反乱が激化した。祖父の遺産を孫のナラム・シンが立て直し、帝国は最盛期を迎える。しかし最終的にグティ人の侵略によってアッカド帝国は滅んだ。
まとめ
川に流された捨て子が庭師に拾われ、王の側近になり、王を倒して都市国家の王になり、さらにメソポタミア全土を征服して人類初の帝国を作った。
動物園を作り、共通語を生み出し、娘を人類最古の作家にした。
サルゴンが生きたのは今から約4300年前だ。日本はまだ縄文時代も中頃の話だ。そんな時代に「帝国」という概念を発明した男がいた。
「真の王」という名を自ら名乗った捨て子の話が、4000年以上経った今も語り継がれているのは、やはりその人生がとんでもないからだろう。