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【腸チフスのメアリー】健康なのに感染者!無自覚に51人を感染させた女性

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1909年に「ニューヨーク・アメリカ」の記者によってメアリー・マローンは「腸チフスのメアリー」と軽蔑された。メアリーは何一つ罪を犯してはいないが、生涯拘束される運命にある。裁判が行われることはない。不当な扱いを受けて、監禁生活を送るのだ。実際、彼女は感染されていて、接触した人たちのなかには感染者がいた。それでも、メアリーは健康なのだ。

 

どういうことなのか?

 

今回は「腸チフスのメアリー」と呼ばれたメアリー・マローンの生涯と事件について簡単に解説できたらと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。

 

 

腕のいい料理人だった

 

メアリーはアイルランドの出身だ。食料困難と貧困から開放されるべく、14歳でニューヨークに単身で渡ることになる。メアリーは料理人としての才能を開花させて、持ち前の明るい性格から多くの信頼を得た。給料も他の使用人よりも多く貰えるなど、幸福な人生であった。

 

ところが、彼女の人生は大きく変わることになる。20世紀初頭に、ニューヨークでは小規模ではあったが、腸チフスが流行していたのだ。衛生士のジョージ・ソーパーは、富豪の一人に腸チフスの原因を突き止めるよう依頼されて調査をはじめる。


ソーパーは最初からメアリーが原因であるなんて考えてはいなかった。まずは、食べ物。汚染された貝を食べたのではないかと調べたが、これは違う。そこで、腸チフスの感染者が現れた一家の最近の変化について調べていくと、メアリー・マローンと言う使用人を雇ったことがわかった。


メアリーを雇ってから、しばらくして、感染者が現れている。ソーパーは直ぐにメアリーへの接触を考えたが、既に職をやめていた。

 

ソーパーがメアリーの職歴について調べていくと、勤め先で腸チフスが異常発生していることを発見した。この時点で22人の感染者がいる。こんな偶然があるだろうか?


ソーパーはことの真相を知るために、半信半疑ではあったが、メアリーに血液、尿、便のサンプルを提供するように求めた。当時の医療界でも、無症状で細菌を保有しているなんて概念は信じられてなかった。それに、現代のように健康診断なんてない時代だ。当然のように、メアリーは拒否して、フォークを振り回して追っ払った。なんせ彼女は健康なのだ。高熱も発していないし、全くもって不調ではない。それどころか、メアリーは約168センチもある頑丈そうな体付きで、健康そのものだったのだ。

 

最終的には警察を呼んで無理矢理、連行したそうだ。そのときも、メアリーはとんでもない迫力で抵抗したらしい。

 

隔離される

 

警察に取り押さえされたメアリーは病院に連れられ、検査を受けることになる。結果、便、血液から陽性反応がでた。衛生局はメアリーを小さな島にある病院に隔離することを決めた。


メアリーはなんの罪も犯していない。それでも罪人のように扱われて、3年間も過ごすことになる。その間もメアリーは検査を受け続けて、4分の3は陽性反応が確認されたとか。しかし、メアリーは納得しない。


1909年に「ニューヨーク・アメリカ」の記者によってメアリー・マローンは「腸チフスのメアリー」と軽蔑された。メアリーは新聞社に「この島に腸チフスの感染者はいません。当局はわたしを島に放置して、病気でもない私を拘束する」と手紙を送ったと言う。

 

新聞に記載されたことでメアリーは有名になり、裁判を起こすことになる。誰もがメアリーの扱いを不当であると思い。弁護士を雇う資金を援助する者も現れた。彼女がアイルランド人だったこともあり、「これは差別ではないか」と国民も味方になったらしい。

 

これだけ指示されたメアリーでしたが、訴訟は衛生局側の勝訴となった。それでもメアリーにとっては大きな一歩である。食品関連の職業には就かない、定期的に居住地を明かす、と言う2つの条件を守ることができるなら、メアリーは自由になる権限を得たのだ。こうしてメアリーは島から開放された。

 

また隔離される

 

自由を得たメアリーは2つの条件をしっかりと守って、洗濯婦などの使用人として働いた。しかし、時間が経過していくと連絡を取らなくなり、所在が不明となった。


ところが五年後にまたもや腸チフスが小規模でが流行することになる。調べていくとメアリーを発見することができた。メアリーは料理人として、病院で働いていたのだ。しかも偽名を使って。今回の流行では25人の感染者が確認され、2人が死亡した。

 

もしかしら彼女は自身が腸チフスと言う自覚があり、衛生面にも気をつかっていたのかも知れない。しかし、腸チフスを完全に除菌しようと思うと火傷するくらいの熱湯で30秒くらいは洗う必要がある。無理な話だ。

 

メアリーはその後亡くなるまでの23年間を島の病院で死ぬまで過ごすことになってしまった。

 

メアリーの真実

 

腸チフスのメアリーとして歴史に残ることになったメアリーの体には、何が起こっていたのだろうか?


メアリーの死後に解剖した結果、彼女の胆嚢にチフス菌の巣が確認された。本来ならチフス菌に感染すると全身に回っていき症状が現れるのだが、メアリーは胆嚢だけが感染したと思われる。そのまま免疫を獲得してしまい、胆嚢から生産される消化液にチフス菌が混ざるようになった。


こうして生涯にかけてチフス菌をつくりだす体になってしまった。トイレにいくたびに体から排出され、知らぬ間に手に付着して、無自覚にクラスターとなったと推測される。

 

メアリーにとって不幸なのは、料理人だったことだろう。しかも、デザート系の。二十世紀初頭には富豪の間でアイスクリームが流行っていたようで、メアリーもバニラアイスに桃を乗せてラズベリーソースをかけたデザートを調理していた。どうだろう? 手に細菌を付いてい人間が、素手で果物を触り、加熱もしない料理をしていたと思うと、起こるべくして起こった事件のように思えてくる。

 

さいごに

無自覚でクラスターになるなんて例は彼女が初だった。これまでにはない概念を突き付けられたことを受け止められず、衛生局の言葉を信用することができなかった。それが彼女にとっての最大の災難だったと思う。そのために死ぬまで、孤島に隔離されることになった。彼女にとっての唯一の救いは島で与えられた仕事を楽しそうにやっていたことだろう。それだけ前向きになれるのはすごいことだと思います。現代人でも健康なのに、「お前は無自覚に人を殺している」とか言われて隔離されたら、なかなか現実を受け止められないと思います。僕は多分「ふざけんな」って納得はできない。


彼女のお焦げで、感染者と保菌者と言う概念が誕生して、「公衆の衛生対策」の重要性を考えられることになったことは忘れないで欲しい。