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人類を脅かした6つの感染症の歴史

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こんにちは、おはようございます。本日は人類を脅かした6つの感染をご紹介していこうと思います。現代人にはまるで馴染みのない病気ばかりですが、撲滅ができているわけではありません。人類は現在進行形で戦い続けているのです。今回は感染症の恐ろしさが、少しでもたくさんの人に伝われば嬉しく思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

黒死病(ペスト)

 

アテナの疫病、ユスティニアスの疫病、黒死病。古代より人類を脅かし続けたこの疫病は、抗生物質による治療が行われている現代では死亡者こそ激減しているが、撲滅はできていない。14世紀頃のパンデミックでは、人類史に残る膨大な被害者を出したことが記録されている。その人数は、約一億。当時のヨーロッパ人口の3分の2が亡くなった。


感染することで、内出血を起こして肌が黒くなる。このことから「黒死病」と恐れられた。発生源は感染したクマネズミの血を吸ったノミを媒介して人に伝染することで、人から人へ伝染経路を広げていく。当時の医療技術では治療を行ったとしても、半々の確率で生存することができたが、放置していると間違いなく死亡してしまう。


あまりにも度を超えた被害者の数だったので、街中がペストの被害者と遺体だらけになると言う地獄絵図になったとか。現代人にはまるで想像ができないと思う。

 

アントニヌスの疫病

 

166年頃にローマで流行した疫病。五賢帝の最後の一人マルクス=アウレリウス=アントニヌスは北のゲルマン人の対応に追われ、自身が戦場に赴くが戦死ではなく病死することになる。


この疫病は帰還した兵士から急速に広まることになり、ローマと言う国のそのものに大打撃を与えた。一日に2000人が亡くなったとされ、犠牲者は500万人を上った。そのなかに二人のローマ皇帝もいたとか。アントニヌスの侍医ガレノスは、この疫病についての記録を残している。そこから察するに「アントニヌスの疫病」は天然痘なのではと言われている。また記述には紀元前430年頃にアテネの人口三分の二を死滅させたアテネの疫病と、アントニヌスの疫病が比べられて同じ病気であると思われてた。

実際は全く別物で、アテネの疫病はペストかエボラウィルスと言われている。ガレノスが残した記録は、医者が病気について書いた最古の記録だそうだ。

 

天然痘

 

この疫病も古代から人類を苦しめている。罹患すると高熱を発して、急激に発疹が出る。その後、膿疱に変化して、カサブタになって剥がれ落ちる。ようは見た目が変化するのだ。とは言え致死率はそこまで高くはなかったらしい。まあ、それはヨーロッパでの話で、アメリカの先住民達はまるで違った。違ったと言うのは、国を滅ぼす原因となるくらいの被害が及んだと言うことだ。


天然痘はコロンブスがアメリカに上陸した時に侵入したとされる。天然痘は家畜から発生して人間に感染するとされるが、先住民は牛馬などの家畜を持っていなかったので、免疫力がまるでなかった。大陸のニ大帝国であったアステカとインカ帝国は天然痘の大流行によって、ヨーロッパ軍の侵攻に抵抗する力がなかった。


あっという間に大陸は征服されたが、その後も天然痘などの疫病は猛威を奮い、約2500万人だった人口は100万人に激減した。

 

梅毒

 

この病気には実に多くの偉人が悩まされたと言われている。15世紀から人類史に現れたとされる梅毒はコロンブスがアメリカに上陸したことで、ヨーロッパに持ち込まれた説がある。天然痘やハンセン病と同一にされていた時期もあるようだが、梅毒の感染経路は性行為によるものだ。人間にとって食欲と同一の性。現代でも性欲を我慢できる人間なんて珍しいのではないだろうか? 清潔だったとされる江戸時代の日本でも一般庶民の梅毒の感染率は50パーセントだったとされる。徳川家康は遊女と関係を持つことを自ら禁じていたと言う。それほど身近で、感染しやすい病気であった。最初にヨーロッパに持ち込んだとされるコロンブスも梅毒で亡くなった説がある。ベートーヴェン、ナポレオン、シューベルト、リンカーンでさえも梅毒だった説があるようだ。なかでも梅毒で亡くなった有名人はニーチェだろう。ニーチェは20世紀を代表する偉大な哲学者だが、その晩年はあまりにも恐ろしい。梅毒による精神疾患による恐ろしい死。証言によると。「排泄物を食べたり、投げつけたり、壁に自分の体に擦り付けていた」それで頻繁に発狂して、悲鳴をあげた。現代でも年間で5000件も報告されているので、決して昔の病気ではないことを頭の片隅に入れて欲しい。

 

コレラ

 

1850年頃にロンドンでコレラが流行した。当時の医療関係者の間では、コレラの原因が「悪臭」である認知されていた。コレラに限らずあらゆる伝染病の元が悪臭なら、エッフェル塔の頂上付近の新鮮な空気を送り込めばいい。なんて言う奇天烈なアイディアが生まれたこともあるらしい。あのナイチンゲールも伝染病は悪臭が原因であると思っていたようだ。なので悪臭の原因となる街中に溢れた汚物などを清掃して、衛生面が守られた街作りが行われることになる。こうして、あらゆる生活排水をテムズ川に捨てる下水道が造られた。このおかげでロンドンは見違えるくらい綺麗な街になった。ところがコレラが流行することになる。汚物、工業用排水、死骸、生ゴミなどの汚染部質をありったけ含んだテムズ川は激臭を発していたのだ。「悪臭」が伝染病の原因であると認知はされていたので近づく人は減ったが、元々テムズ川は飲水だったのでみんな飲み続けていた。そんな中でジョン・スノウ博士が警鐘を鳴らす。スノウ博士はコレラの原因が「悪臭」ではなく「水質汚染」が原因であると考えた。一定の地区でコレラが流行していることを突き止めたスノウ博士は、とある井戸の水が発生源であると訴えた。しかし、スノウは博士の考えに賛同する者は誰もいなかった。今まで信じてきたことが間違っていた、と素直に受け入れことができる人間ってのはなかなかいない。結局スノウ博士は評価されるのは死後のことである。

 

スペインかぜ

 

かぜ(インフルエンザ)で亡くなるなんて考えたこともないだろうけど、このかぜで全世界の合計で5000万人が亡くなった。場合によっては罹患から24時間以内に亡くなった例もある。スペインかぜって言うくらいだから、スペインが発祥のように思われますが、そんなことはなくアメリカだったりする。第一次世界大戦の真っ只中だったので、どこの国も士気の低下を恐れて報道を規制していたのだ。(アメリカで報道すると20年の懲役、イギリスでは処刑される可能性があった)それで中立国だったスペインだけがちゃんと報道していたので、「スペインかぜ」と呼ばれた。これら報道の規制と戦争の時代だったのもあって、若者の被害者が多かった。当時の人口5500万人の日本でも、約2300万人が感染して、世界でも約5億人が感染したとされ、記録に残るパンデミックとなった。とある地方ではトラックで遺体を回収したりと、悲惨な光景が記録されている。お酒がかぜに効く、ハチミツが予防になる、全く意味のない空調機、など人々は独自解釈で対処をしだし、ロンドンの感染者は自身の死後を考えて妻と子供を殺した事件まで起こった。報道がしっかりされなかったとは言え、得体の知れない恐怖は人々を混乱に落とし入れて、世の中を混沌にする。

 

 

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