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【オジマンディアス】死してなお存在感を放つファラオ。ラムセス二世について

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太陽王、建築王、180センチを越える長身(当時の平均は160くらい)で90歳まで生きた長寿。死後もミイラとして博物館で保管されている伝説のファラオこそが、ラムセス二世です。オジマンディアスはギリシャ語での呼び名で、「太陽神・ラー」に選ばれし者と言う意味があります。冒頭から「ラムセス、スゲー」と紹介していますが、実際すごい人物なんでしょうがないのです。某ゲームでも最強クラスの英雄的な感じで出てくるそうなので、やっぱりすごいんですよ。

 

そんな感じで今回はラムセス二世(オジマンディアス)をなるべく簡単にわかりやすく解説したいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

生涯

 

ラムセス二世は紀元前1290年24歳頃?に即位したと言われています。即位以前は先代のファラオである父の補佐として政治に絡んでいました。ラムセスの最大の功績はヒッタイトとの戦いです。シリアとヒッタイトの連合軍一万八千人に対してエジプト軍は二万人。数だけならラムセス二世側に優勢であったが、敵のスパイの暗躍によってラムセス二世は五千人の兵だけを率いて孤立することになった。数は圧倒的に相手が有利ですから、こうなると敗北するのは仕方ないかも知れません。だけど、ラムセス二世は敵に降伏するなんて恥知らずなことはしませんでした。少ない兵力で進軍したのです。無謀とも言えますが、当時の平均身長が160センチの時代で、180センチは越えていたと言うラムセス二世は戦士としても大変優秀だったようです。この戦いを「カデシュの戦い」と呼び、ラムセス二世の活躍は壁画に記録されています。

 

戦いは長く続き両軍は満身創痍の状態になりました。これにヒッタイトの王はたまらず停戦協定を申し出て、ラムセス二世は同意したとされます。こうして、歴史上最古の停戦協定が成立しました。

 

壁画などではエジプト軍が大勝したかのような記録が残っていますが、実際はヒッタイト軍が優勢であったとされます。どちらにしてもこの戦いでエジプトに安定と平和をもたらしたラムセス二世は太陽王と崇められた。

 

戦争を繰り返しエジプトの力を強めたラムセス二世でしたが、即位と同時進行で神殿の建設に力を入れていました。これは古代のファラオなら誰もがやっていたことで、ファラオは神と同一。そのために大きな建造物はファラオの権力を示すことであった。


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なかでも有名なのが「アブ・シンベル神殿」で、四人の人物が椅子に座っている建造物なんですが、真ん中の小さいのが「太陽神・ラー」で四人の人物は全てラムセス二世。青年期から壮年期の像を建設させた。この建物はラムセス二世が神以上の存在であると示しているみたいです。

 

ラムセス二世を語る上でネフェルタリの存在も忘れてはならない。ラムセスは多くの嫁を持ち、二百人近くの子供がいたとされるが、ラムセス二世にとって最初の嫁だったネフェルタリを誰よりも寵愛したと言われています。ネフェルタリはラムセス二世より、歳上でヒッタイトの姫でした。若くして亡くなったネフェルタリのためにラムセス二世は立派な墓を建造して弔ったとされます。

 

ラムセス二世は紀元前1237年頃に66年間も王として君臨して90歳くらいで亡くなりました。

 

逸話

 

ラムセスのミイラには逸話があります。1974年に博物館で展示されていたラムセス二世のミイラですが、ダメージが強く修復するためにフランスに送られることになった。おもしろいのはエジプト側はラムセス二世のミイラを荷物として扱うことを嫌がったのだ。ではどうしたかと言うとパスポートを発行することになったらしい。パスポートの年齢の枠には3000歳以上、職業はファラオと記載されていた。死して3000年も経っても、ラムセス二世は崇められている。スゲー王様や。

 

まとめ

 

ラムセス二世は次世代のファラオ達にも大きな影響力を与えました。ラムセスの名が十一代に渡り受け継がれたのも、ラムセス二世の偉大さを表していると思います。ラムセスが建設した神殿はいまでも状態良くありますし、ミイラも博物館に保管されているようですし、一度は見てみたいですね。

 

 

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