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常勝ナポレオン軍を支えた有能な戦士達

 

今回はナポレオンの部下をご紹介していこうと思います。フランスの皇帝にして大英雄であるナポレオンがスゲーってのは誰もがわかっていることだと思う。歴史に詳しくない人でもナポレオンが「なんとなくすごい」ってことはわかる人も多いんじゃないかな? とは言えナポレオン当人だけが脚光を浴びるのも変な話だと思うので、少し視点を変えて、ナポレオンを支えた有能な部下達をご紹介していこうと思います。有名な話ですが、ナポレオンは癖の強い人物だった。天才的であるが故に独自の考えを持った偏屈な人物だったと思われる。そんなナポレオンを尊敬、理解して、職務を遂行するような人達もまた個性の強い人物達が集まってくるのは当然なのではないでしょうか。と言うわけでナポレオンの有能だけど、個性の強い部下達をご紹介していこうと思います。

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

そもそもナポレオンって?

 

その前にナポレオンを適当に解説しようと思います。ナポレオンはフランス領土になったばかりだったコルシカ島の出身で、自身がフランス人であると言う自覚が低かったとか。しかし、人一倍努力したナポレオンは飛び級で学校を卒業して軍人デビュー。これまでの努力と恵まれた才能、運を味方にしてフランス皇帝になったスゲー英雄です。

 

 

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ルイ=ニコラ・ダヴー

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(1770〜1823)
「不敗のダブー」と呼ばれた元帥で、ナポレオンもダヴーの才能に嫉妬したとされる。若い頃は融通がきかない頑固者だったので、軍籍を剥奪されたこともあったが、ドゼー将軍にナポレオンを紹介されて忠誠を誓うようになった。側近の一人に数えられるようになり、ナポレオンが皇帝になると最年少(34歳)で元帥に任命された。実力は本物で、大抵の戦場で厳選区となる重要拠点を任されて、かつ数的に不利な状況下でも「無敗」であった。ナポレオンが敗北することになるロシア遠征でも、ダヴーの助言を聞いていれば敗北することはなかったとされている。また、ナポレオンへの忠誠は本物で、ナポレオンが敗北して幽閉されると新しい王には忠誠を誓わず追放されるを二回はやっている。ナポレオンの下でしか基本的に働く気がなかったみたい。しかし、ナポレオンはダヴーの才能に嫉妬してか「人格に問題あり」と辛辣な評価をしている。極度の近眼で分厚い眼鏡をかけて背が低く若禿げで、身だしなみも気にしないので服から悪臭が漂っていたとか。それで人格に問題があるので友達が少なかったらしい。

 

アンドレ・マッセナ

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(1758〜1817)

「勝利の愛し子」とナポレオンに称された元帥。一部の歴史家の中ではナポレオン配下の元帥で最も優秀なのはマッセナであると評価されることもある。軍人をやめたマッセナを元帥として復帰させたこともあるので、ナポレオンも高く評価していた。ただ、貪欲な人間だったようで、戦場に男装させた愛人を連れて行くなどかなりの女好きであり、イタリア、スペインでは略奪行為をしていたのでたびたび批判の行為が上がっていたようだ。晩年は王制に支持しなかったことで、軍を解任された。

 

ジャン・ランヌ

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(1769〜1809)

「大陸軍のローラン」「フランスのアイアス」「大陸軍のアキレス」など神話に英雄に例えられる元帥であり、ナポレオンの友人でもあった人物。指揮官として前線に立ち幾度も重症の傷を負ったが、不屈の精神で何度も立ち上がった。この人間離れした勇気と精神力から神話の「英雄」に例えられて、ドゼー将軍からは「勇者のなかの勇者とは彼のことだ」と讃えられ、ナポレオンから感動されて友人になった。1808年のスペイン遠征でも、死を恐れない武勇を見せるが、足に砲弾を受けて、足を切断する手術を受けることになる。その後、傷口が化膿して容態が悪化して亡くなった。ナポレオンはランヌの死を嘆き悲しんで「フランスにとっても、私にとっても、これほどの損失があるだろうか」と叫んだと言う。

 

ミシェル・ネイ

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(1769〜1815)

ランヌ同様に「勇者の中の勇者」とナポレオンに讃えられた元帥。もともとは法律事務所で働いていたが転職して軍人になった。太ももと手首を負傷しながらも粘り強く戦い奮闘したことをナポレオンに評価されて忠誠を誓うようになる。着実に出世していきナポレオンが皇帝になると元帥に任命された。ロシア戦では精神衰弱になっていたダブーに代わって司令官を任されるなど信頼も高く、後にナポレオンから「勇者」と讃えられることになる。ワーテルローの戦いでは事実上の総指揮を執って戦うがフランスの敗北に終わり、ネイはルイ18世によって処刑されることになる。銃殺されることになり、目隠しを薦められると「君は私が20年以上も銃弾を直視してきたことを知らないのか」と言い「私はフランスのために百回戦ったが、一度も祖国を裏切ったことはない」と最期の言葉を残した。

 

ジョアシャン・ミュラ

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(1767〜1815)

元帥の一人でナポレオンの妹と結婚して義弟になり、ジョアッキーノ1世としてナポリの王になった。両親の希望で聖職者になるための学校に行くが女性と駆け落ちして放校された。無一文で放浪していると偶然にも騎兵隊と遭遇して飛び入りで入隊したことで軍人とてのキャリアがスタートする。駆け出しだったナポレオンが任務の参加者を募集していたので参加したことがミュラの転機となった。イタリア遠征、エジプト遠征などで成果を上げたミュラは「世界最高の騎兵」とナポレオンに評価された。結構なイケメンだったようでナポレオンの妹を口説いて、後にナポリの王になる。ただし元帥になって政治に関わってくると、「戦場では素晴らしい判断を見せるが、会議の席ではダメダメだ」みたいなことをナポレオンに言われた。ワーテルローの戦いで敗北してミシェル・ネイとともに銃殺に処された。

 

ルイ・シャルル・アントワーヌ・ドゼー

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(1768〜1800)

公平な人柄から「正義のスルダン」と評されたフランスの将軍。フランス革命による混乱の中を、貴族の出身であるからこその育ちの良さ人柄で人脈を築いていき将軍になった。一時期はナポレオンなどのフランスを代表する次世代の英雄として評価されることになる。その後、ナポレオンに会うために自ら転属してナポレオンのは配下となった。エジプト遠征では勝利に貢献して評価をあげることになる。さらには公平な統治によって現地の農民から「正義のスルタン」と呼ばれた。その後、劣勢の戦場で援軍として向かい、フランス軍の窮地を救い勝利に導くが、ドゼーは胸を撃たれてしまい戦死した。

 

ニコラ=ジャン・ド・デュ・スールト

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(1769〜1851)

ナポレオンの下で元帥として活躍して、後にフランス史上6人しかいない大元帥となった智将。16歳で軍人になり、退役してパン屋を開いたこともあるが、収入が安定しないので再び軍人に返り咲いた。革命に乗じて昇進して、イタリア師団を務めることになる。この時の上官がマッセナで、同僚にネイがいた。後にナポレオンを支える元帥に囲まれてスルートは戦場に身を投じることになった。負傷したことで出遅れたが、ナポレオンに出会い見出されて昇進することになり、後に元帥となり、「ヨーロッパで最も優れた戦術家」と評された。

 

最期に

 

今回は癖の強い人物が多かったので、調べていて楽しかったです。最期までありがとうございます。

 

 

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